見た目等をいじるという事
にゃんこスターのアンゴラ村長ちゃんが、何かの番組で、ビジュアルを「あんた、そないやで」と尼神インターの誠子ちゃんにいじられた時に言った。
「努力で変えられないものをあげつらうのは違う!古い!」と。
基本的にはアンゴラちゃんに賛成だ。
けど完全に賛成しきれない自分がいる。
見た目の事じゃないけど、生まれながらに目が不自由な濱田祐太郎くんは、芸人さん達にバンバンいじられている。
もちろん「自分はいじられても構わないが、視覚障害者みんながそうではない。いじられるのがすごく嫌な人もいるのは覚えておいて」ということは何度も強調している。
結局のところ何でも個人差があり、許容範囲はそれぞれ違う。
けど、例えばある人が、あまりにも見た目が人とは違って醜悪と感じた時、「見た目をいじらない」と決めていたらどうするだろう。
何か言って傷つけちゃうのは嫌やし、でもどうしても見た目が気になって仕方ないから、面倒くさい、もう付き合わんとこ、ってならないかな。
特に目が見えないなどといった大きなハンデの場合、どうしてもセンシティブになってしまい、いっそ関わらないのがラクだと遠ざかってしまうのではないか。
でも、この方が相手を傷つけてしまう「人権侵害」ではないのか。
この辺の感覚は本当に個人差があり、一概に答えは出せないけど、自分の長所も欠点も受け入れてもらえて、フラットに話し合える関係が、私には理想的に思えるのだった。